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流星ジョニー密室殺人事件 その2


 捜査を開始するにあたって、心苦しいことだが捜査に協力を求めなければならない人物が2人いる。
 まずその一人、灰原由起夫の下へ白鳥隆士は足を運んだ。バラバラになったジョニーを、もう一度見せてもらうためだ。それに、由起夫自身への事情聴取は行っていない。もっとも、自作自演をするとは思えないしその必要性も見当たらないので、聴取の必要などないかもしれないが。
 6号室の前まで来た。少し躊躇するが、隆士は心を決めてノックした。
「誰だ〜?」
 と、聞きなれた声がした。
「あっ……えっと」
 扉の向こうから姿を現したのは、ちまちまと縫い合わされたジョニーの姿だった。
「なんかずいぶん痛々しい姿なんですけど」
「ふっ、89針の大手術だったゼ」
「えっと、ご苦労様です」
 としか言えなかった。
「それで、今回のことについて灰原さんがどういう行動をとっていたか教えていただきたいんですけど?」
「おいおい、被害者の俺を疑うってのか?」
「いや、参考までにですよ。それに、何か手がかりになりそうなことがあったら教えていただきたいんですけど……」
 やはり事情聴取などというのは気分のいいものではないなと隆士は感じた。
 ぼろぼろのジョニー。ついうっかり破いてしまった……などという次元を超えている。洗濯機にかけたところでこんなにぼろぼろになるはずがない。事故の線が考えにくいとなると、人為的にそうなったということになる。……しかし、ここまでする必要があったのだろうか。
「そうは言われても……こいつは俺と離れてから部屋にこもってたからナ」
「なら、誰かにこんなことをされるような覚えはありますか?」
「いや、それもないな」
 器用に腕組みなどしてみせるジョニー。
「そうですか。ありがとうございました」
 一礼し、隆士は6号室を後にした。

 次に隆士がやってきたのは管理人室の前だった。ここにやってきたのは、梢に4号室の鍵を借りるためである。もう一度、密室トリックが可能なのかどうか検証するために。
 管理人室の前に立ち、隆士がノックしようとした瞬間だった。
「どうしたんですか、白鳥さん?」
 小声で問いかけ、部屋から茶ノ畑珠実が出てきた。
「うわ、珠実ちゃんか」
 不意をうたれた隆士は思わず声をあげたが、それを珠実は口に手をあてて押さえた。
「梢ちゃんがしばらく一人にしてほしいって言ってるんです」
「え、あ……そうなんだ」
 事情を知り、隆士も小声で話した。
「それで、何か用なんですか?」
 かすかな殺気。これから何をしようとしているのか、察しているのだろうか。隆士はそれでも告げなければならなかった。
「梢ちゃんに、4号室の鍵を借りようと思ってね」
「まだそんなことやってるんですか〜?」
 間延びした声が重々しく響く。
 いつもなら押されてしまう表情。凶悪な微笑みを浮かべる珠実に、隆士は引くことはなかった。
「梢ちゃんが今回のことでどれだけ悲しんでいるか分かってないんですか?」
「分かってるよ」
「ならこれ以上事件を掘り返すようなこと、しないでください」
 珠実なりに梢のことを考えた結論なのだろう。それが隆士の出した結論と違ってしまっただけ。
「分かってるからこそ、事件をはっきりさせて梢ちゃんを安心させてあげたいんだよ」
 隆士ははっきりと告げる。ここで珠実に屈するわけにはいかない。もしかしたらそのまま見つからなかったかもしれないものを見つけてしまったのは、隆士の責任なのだから。その責任をとるためなら、今は怯えてはいられない。
 真剣に見詰め合う、瞳と瞳。お互いの心の中を探るように、その視線は深く交差した。
 数瞬し、珠実は溜め息をつきながら苦笑した。
「分かりましたです。でも、鍵は私がもらってきますから」
 珠実は表情を微笑みに変えて、部屋の中に入っていった。
 その後部屋から出てきた珠実から鍵をもらい、隆士は4号室に向かうことにした。

「白鳥クン、鍵はもらってきたの?」
「ええ、この通り」
 4号室の前では桃乃恵が待っていた。持ってきた鍵を見せると、恵は満足げに微笑んだ。
「それで、凶器は特定できたんですか?」
「うーん、ナイフや包丁はあったけど、それじゃありきたりっていうかあそこまでぼろぼろにはならないでしょう?」
「でしょうね……」
 あまりにもぼろぼろだったジョニー。一回切っただけであそこまでになるとは考えにくい。何回も切られて始めてああなるはずだ。切断面は粗っぽく、さほど鋭利なもので切られてはいないだろう。なら一体、何で切ったのか。隆士は以前沙夜子が皮を剥くピューラーで自殺しようとしたのを思い出したが、いくらなんでもあんなものでは切り刻めないだろう。
「とにかく4号室に入ってみましょうよ。密室の謎が解けるかもしれないでしょ?」
 あまり期待はできないが、隆士は頷いて鍵を差し込んだ。扉が開くが、空き部屋があるだけだった。
「基本的にどの部屋も構造は同じなのよね……」
 つまり、押入れがないということである。六畳一間の部屋に押入れがないからこそ、黒崎親子の部屋はダンボールだらけなのである。押入れがあればもう少し整理もつくのかもしれない、大差ないだろうが……。
 そういう構造だからこそ、この部屋には逃げ場がない。密室のように見せかけ、犯人は部屋の中に潜んでいるという手は使えないのだ。そもそも、あの場でそんな手を使えるのは由起夫くらいのものだが。
「そうですね……」
 隆士は窓枠を調べてみる。隙間のようなものもないし、鍵はしっかり閉まっている。ジョニーを見つけたときに鍵がかかっているのは隆士自身が確認済みだ。これが他の誰かが確認したのならその時に閉めたという可能性もあるが、それは否定される。
 窓枠が外れる可能性もあるが、隆士が動かそうとしても動かなかった。他の誰がそうしても、多分そうなのだろう。
「鍵がないと無理みたいですね」
「やっぱり……不可能犯罪ってやつなのかしらね」
「誰かがやらなきゃ、勝手にこんなことになるわけないじゃないですか」
「そりゃそうだけどね、これはちょっとお手上げじゃない?」
 肩をすくめてみせる恵。
 隆士は溜め息をついて天を見上げた。そこにあるのは天井だけだったが。
「屋根裏は……」
 ふと気がつく。天井の上から侵入することができれば密室は崩れる。
 一見しただけではどこが外れそうかなど分からなかった。しかし、板張りの天井である。上からなら簡単に外れるのかもしれない。問題は、屋根裏に入る経路があるかどうか。
「屋根裏ねぇ……でも」
 恵は天井ではなく、まるで反対側の畳の床を見ていた。
「梢ちゃんが10時に掃除したんでしょ。屋根裏から降りてきたら、埃とかがどこかに残ると思うんだけど」
 その言葉に隆士も畳を見る。確かにきれいなままだ。
 天井を見ても、そんなことをできそうな形跡はない。
「手がかりなし……か……」
 溜め息まじりに隆士は呟くしかなかった。

 次いでやってきたのは台所。
 とりあえず最後のあがきだった。もう一度、事件が起こったときと同じ事をしてみる。もしかしたら何か見落としたことがあるかもしれない。
 ちなみに恵は、『こうなったら最後まで付き合ってあげるわよ』と言ってくれた。
「とりあえずバラさんにお茶がかかったのが11時だわね」
「ええ。それで梢ちゃんが、とりあえず水洗いしたって言っていましたよね」
 つまり、すぐには洗濯機に入れなかったということだ。その時に何かが起こって、洗濯機に入れたと嘘をついてごまかしたのか……。
「いつ入れたのか言わなかったけど、料理の途中だったから洗濯できなかったんでしょ」
 そう説明していた。多分、そうなのだろう。疑うわけではないが、完全に信じるわけにはいかない。ただでさえ分からないことが多い現状で、どの情報が正しいかも定かではないのだから。
「料理……」
 何にそんなに手間がかかったのだろう。それとも、一区切りつけるのに時間がかかったということなのだろうか。
 今日の料理は、オムライスとミックスジュース。
「ミックスジュース……」
 自家製だと言っていた。
 隆士に一つの可能性が浮かんだ。
「桃乃さん、ミキサーってどこにあるか分かりますか?」
「ミキサー……確か、下の戸棚においてあったと思うけど」
 恵が戸棚を開くと、がさごそとミキサーの入った箱を探り出した。
「あった……って白鳥クン、もしかして」
「多分、凶器はこれです」
 箱からミキサーを取り出す。出てきたミキサーはきちんと洗われていた。どこかに糸が絡んでないか探してみるが、それもなかった。
「動いているミキサーの中にジョニーを入れたんです。あんなぼろぼろになるなんて、それくらいしか考えられないですよ」
「……試してみる?」
 恵は手近にあったナプキンを掴んだ。
「いえ、壊れるかもしれないから止めておきましょう」
 首を振る。これなら事故の可能性がある。故意に誰かがやったとは信じたくなかったが、事故ということなら、それでいい。
「でもそうなると、料理してた梢ちゃんと朝美ちゃんが怪しいってことになっちゃうわよ」
 どうやっても梢は嫌疑から逃れることはできないのだろうか。隆士の頭をそんな考えがよぎる。
「ねえどう思う、沙夜ちゃん」
「って、沙夜子さん!?」
 背後にはいつのまにか沙夜子が立っていた。相変わらずの無表情で。
「ちょっといいかしら?」
 そして相変わらずのマイペースぶりで話を進める。
「実は、4号室に誰かが入っていく音を聞いたの」
 確か沙夜子はそのとき部屋の隅で震えていたと聞いた。案外部屋と部屋の間の壁は薄い。なら隣の4号室で何かが起こったなら聞こえることもあるだろう。
「いつですか」
「2回目の揺れがきたすぐ後だったわ……」
「余震の後ってことは……11時半頃か」
 この証言が確かなら、梢の共犯か主犯になってしまう。それ以外に4号室に入る方法などないのだから。本当に梢が犯人なのだろうか……。梢なら素直に謝りそうなものである。こんな方法で隠すとは思えない。何かどうしても隠さなければならなかった理由、それが思い至らない。
「そうか……」
 あった。
 とんでもない落とし穴が。
 そしてその落とし穴に気付きさえすれば、すべての説明がつく。
「分かりましたよ、犯人が」
「え?」
「僕達は、忘れてはいけない可能性を無意識に排除してしまっていたんです」  (続く)



  ポイントは次の点である。

・4号室の鍵は10時に梢の手によってかけられた。
・ジョニーがお茶をかけられたのは11時ごろ。
・その後しばらくして、梢はジョニーを洗濯機に入れた。
・11時20分に地震が起こり、心配になった朝美が台所に駆けつける。
・その後二人は料理の準備をしたと証言。
・11時30分、余震発生。
・その後、沙夜子は4号室に誰かが入ったと証言。
・12時前、朝美は恵たちを呼びにいく。
・隆士と珠実が一緒に帰宅。
・12時、洗濯機内にあるはずのジョニーがないことに気がつく。由起夫を除いた全員がそろって昼食。
・その後ペアに分かれて捜索するが見つからず。
・4号室の鍵を開け、中からジョニーを発見する。

・梢は鍵は手放していないと証言した。この証言によれば、10時から1時まで4号室は密室となる。
・スペアキーを得るのは不可能である。また、鍵を使わずに密室を作ることは不可能である。
・凶器はミキサーだと思われる。



 なかがき

 というわけで、ヒント編でした。
 というか本当にヒントになっているのかやや疑問が残ったりするのですが。
 というか前回の半分くらいの長さしかなかったりしますが。
 まあ、なんとかなるなるの精神で頑張りたいと思います。
 次回は解決編です。
 もっと短くなるような気もしますが、がんばります。


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