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彼女にできるあらゆること


 トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
 例えて言うならそんな気分を僕は味わっていた。
 目を覚ますと、そこは天国で地獄だったのだ。
「お兄ちゃんあそぼー、あそぼー」
 目の前の梢ちゃんが魚子ちゃんであることを悟るのに数瞬かかった。そしてそれを悟った瞬間、布団の上から僕にのしかかる魚子ちゃんを突き放していた。
「どわぁぁーぁ」
 とりあえず叫ぶ。そうでもしておかないと理性が保てない。奇襲を食らった上に朝一番ではたまったもんじゃない。ふぅ、布団越しだったからよかったものの直接すりすりされたら今ごろどうなっていたことか……。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
 そんな僕の様子を魚子ちゃんは不審げに見つめていた。
「いや、ちょっとびっくりしてね……」
 とりあえず笑顔を作ってごまかしておく。魚子ちゃんに泣かれるのは正直辛い。それにしても朝から人格が変わってるなんて、梢ちゃんに何があったんだろう。
「お兄ちゃんあそぼーあそぼーあそぼー」
 両手を精一杯挙げてアピールしてくる。しかし今日は平日、いくらか早く起こされてしまったが学校に行かなくてはいけない。
 桃乃さんに頼むか……。
 僕はとりあえずこれからのことを考えた。魚子ちゃんの遊び相手をして遅刻でもしたら折檻が待っている……。それだけは全力で避けなければならない。
「とりあえず着替えたいから、外で待っててくれないかな」
 流石に着替えを見られるわけにはいかない。
「着替えたら遊んでくれるの?」
「うん、いい子だからちょっと待っててね」
「うん、魚子待ってる」
 そう言って魚子ちゃんは部屋を出た。念のためにゆっくり鍵を閉める。着替えてる途中に入ってこられたら……悲劇だ。
 着替えを速攻で済ませ、僕は部屋の扉を開けた。
「魚子ちゃん?」
 しかし、待っていると言った魚子ちゃんはいなくなっていた。
 どこに行ったんだろう。魚子ちゃんの行動範囲は正直分からない。魚子ちゃんの人格のまま外に出てしまったとしたら一大事だ。……中庭とかにいればいいけど。僕は中庭を歩いて台所を目指すことにした。誰かが魚子ちゃんのことを見ているだけなのかもしれないし。
 僕がキョロキョロと中庭を見渡していると、不自然な高さに花があるのが見えた。
 ……あれは手品の?
 と思ったら案の定、棗ちゃんが木の陰からこっそりこちらをのぞいていた。
「棗ちゃん、おはよう」
 今日はなんだか人格の入れ替わりが激しいな。
「あ………おはよう……ございます」
 すごく小さな声だったけど聞き取ることはできた。急には明るくなれないだろうし、まだまだこれからがんばっていけるだろう。
「どうしたの、こんなところで?」
 まあ魚子ちゃんから人格が変わったんだから自分がどこにいるのか分かってないのかもしれないけれど……。
「……おさんぽ……………」
 またぽつりと言う。木の陰からゆっくりと抜け出すと、僕に近づいてきてまた手の中から花を出した。……何度見ても凄いけれど、花以外の手品はできないんだろうかと思ってしまう。
 そういえばだいたい気絶したら梢ちゃんに戻るはずなのに、どうして今日に限って魚子ちゃんから棗ちゃんなんて風になってしまったんだろう。そんな風に考えていると、突然棗ちゃんがまた木の陰に隠れてしまった。
「どうかしたの?」
 僕がそう尋ねると、突然僕の肩を誰かが叩いた。
「よう白鳥、早いな」
「へ?」
 自分でも間抜けな声を出したことだけは分かった。
 僕の肩に手を乗せているのは、早紀ちゃんだった。いや、早紀ちゃんなんだろうと思う……口調と髪型からして。
「え、あれ?」
 じゃあさっきの棗ちゃんは何だったんだ。僕が振り返ると、しかし確かに棗ちゃんはそこにいた。なんか早紀ちゃんが出てきたときの沙夜子さんみたいな反応をしてるけど。
「なんで早紀ちゃんがいるんだ?」
「おい白鳥、アタシがここにいちゃいけねぇってのか?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
 思わず呟いた言葉に早紀ちゃんは反応し、僕を掴みあげていた。とっさに言い訳するけど、すでにこぶしは空高くあげられていた。一発食らってしまったあと、痛む頭を我慢しながら棗ちゃんの方を指す。
「だ、だって……」
 最後まで聞かずに早紀ちゃんは棗ちゃんの方に視線を移した。
「何もないじゃねぇか」
 僕も振り返る。確かに誰もいなかった。ただ木の陰に完全に隠れてしまっているという可能性もあるけれど……。いや、そんな可能性があるはずがない。ここに早紀ちゃんがいて棗ちゃんが同時にいるなんてことはありえない。
「アタシがいると邪魔なのか、白鳥?」
「そんなことないよ、だたびっくりしただけで」
「今度邪険にしたら、ぶっとばすからな」
 そう言い捨て、早紀ちゃんはどこかへ戻っていた。……けど、今のはなんだったんだ。早紀ちゃんと棗ちゃんが同時に存在するなんてことはありえない。いや、きっと見間違いだったに違いない。棗ちゃんが手品を使って瞬間移動、そして早紀ちゃんにチェンジ。
「そんなことあるわけないか……」
 でもそうなると説明が……。もしや双子説復活なのだろか。
 僕が取り留めのない考え事をしながら台所までやってくると、中からは話し声が聞こえた。もうみんな集まってご飯を食べているんだろうか。台所の扉を開けると、そこは異世界ですらあったのだ。
「あ、白鳥さん。おはようございます」
「お兄ちゃんだー、一緒に食べよー」
 梢ちゃんがいるのはよしとしよう。しかし、もう一人は朝美ちゃんではなかったのだ。
 その当人は僕にタックルを敢行してきた。なんとか受け止めながら、僕は混乱する頭を落ち着かせようとするのだった。
「な、な、な、魚子ちゃん??」
「私、魚子だよー」
 確かに魚子ちゃんだった。しかし目の前にはちょっと困り顔を浮かべた梢ちゃんもいるのだ。
「一緒に食べよー」
 と言って自分の席の隣へと僕を引きずっていく。やっぱり双子説復活なのでしょうか……。などと考えていると、台所の扉が開いた。
 もう誰でもいいから僕を助けて!!
「おっす!」
 しかし扉の向こうからやってきたのはさらに厳しい現実だった。
「早紀ちゃん、おはよう……」
 すごく乾いた微笑みを浮かべているのが自分でも分かった。………もしかして双子どころか三つ子までいってしまうんだろうか。
「なんかさっきからしけた顔してんな?」
「いや、ちょっと徹夜してさ……」
 それほどかかってはいないが、課題に時間を費やしていたのは事実だ。
 そして混乱の拍車は止まることなくその勢いを加速させていった。
「…………あ……う……」
 扉の向こうからやってきたのは、きっと棗ちゃんなんだろうと思う。その衣装がバニーさんの服装でなければの話だが。
「え、えっと」
 そのまま無言で棗ちゃんは倒れてしまった。とりあえず数を数えてみる。1、2、3、4……。っていうか棗ちゃんの格好からして5人目も確定なんだよな……。
「棗さん、まだ完璧には正しくありません。逃げようとしても無駄ですよ」
 僕は力なく肩を落とした。手にもっているウサギの耳。ああそう言えば棗ちゃんはつけてなかったなぁとしみじみ感じる。
「千百合、てめぇまた着せ替えか?」
 と、早紀ちゃんが千百合ちゃんに詰め寄っていった。
「早紀さん、あなたの服飾も正しくないのですよ」
「聞けよ。アタシんちでこれ以上好き勝手できると思うなよ」
「好き勝手とは失礼な、すべては是正のためなのです」
 けれど千百合ちゃんは全然動じていない。
「二人とも落ち着いてよ」
 僕が慌てて仲裁に入ると、千百合ちゃんは僕の顔を見るなりまるでゴキブリから逃げるみたいに飛び跳ねた。
「あ、あ、あああ、あなたは」
 僕を指差しながらも、千百合ちゃんは相当動揺していた。
「この世でもっとも正しくない存在、白鳥隆士!!」
 何て言われようなんだろうと、なかばあきらめ半分にそう思った。あの一件以来千百合ちゃんは僕のことを見るのも嫌らしい。まあ下手にあれこれされないからいいけど、この嫌われ様はどうだろう。
「今日はこの人に免じてここまでにしておきます」
 と言い捨てて千百合ちゃんは部屋を出て行った。
 僕の頭はハテナマークが盛大に行進していた。
「すみません白鳥さん。千百合ちゃんも悪気はないんですけど」
 梢ちゃんが済まなそうに僕に頭を下げていた。
 まあ悪気はないんだろう。自分が正しいと信じてやっているんだろうから。そんなことを口にしても梢ちゃんを傷つけるだけだから言わないけれど。
 しかし、全員がお互いの存在をちゃんと認知しているこの状況だけは理解できないままだった。
 というか他の人たちはどうしたんだろう。こんな状況、珠実ちゃんならほっとかないと思うんだけど。
「白鳥さん?」
「え、ああ、何でもないよ」
 僕の顔を心配そうに覗き込む梢ちゃんに笑いかけ、僕はとりあえず食事にすることにした。いろいろ聞きたいこともあるし。
 隣には魚子ちゃん、そして正面には梢ちゃんがご飯をよそってくれている。
 ちなみに早紀ちゃんは震える棗ちゃんを抱えて台所を出て行った。多分部屋に連れて行ってあげるんだろう。
 一体何がどうなってるんだ。梢ちゃんは多重人格で、それぞれの人格が同じ場所に別々に存在するなんてことはありえないのに……。
「お兄ちゃん、元気ないよ? どうしたの??」
 と、魚子ちゃんが僕の顔を覗き込んでいた。それもかなり接近して。
「いや、なんでもないよ。うん」
 僕は魚子ちゃんとの距離を慌てて取る。しかし、みんな同じ顔なのにその表情は全然違う。こうして別人として存在するとそれが改めて分かった。
 とにかく、こうなってしまった原因が何なのか調べないと……。
「お困リのようデスね、タマなしサン」
「え?」
 振り返ると、そこには長い髪とヘアバンド、そしてなにより学生服にマントという出で立ちの女の子が立っていた。
「う、うわっ」
「お久しぶりデスね」
 いつの間に後ろに立っていたのだろう。というか梢ちゃんは気付いてもいいと思うんだけど。
「……部長さん?」
「とコろデ、珠実部員を見かケせんデシたカ」
 こちらの質問など一切無視して尋ねてくる。まあだいたいどんな性格かなんてことは分かっていたけれど……。
「いえ、僕は」
 そう言って僕は梢ちゃんの方に視線を向ける。梢ちゃんなら見ているかもしれないと思ったからだ。けれど梢ちゃんは首を横にふった。
「フム、せっかク約束通り梢部員を増やシたのに……」
「ふ、増やした??」
「焦らシ、デスね。珠実部員……」
 そして薄笑いを浮かべながら部長さんは部屋から出て行った。
「というわけで白鳥さん、状況は分かりましたかぁ〜?」
「って、うわっ!?」
 突然背後に現われたのは珠実ちゃんだった。状況を分かるどころか振り回されっぱなしだ。僕はまだ心臓がドキドキする音を実感している。
「白鳥さんは、梢ちゃんの第6の人格になって余生を楽しんでください〜」
「は?」
 意味がわからないまま、珠実ちゃんは指をパチンと鳴らした。再び目の前に現われる部長。
「さ、部長、ちゃっちゃとやっちゃってください〜」
 逃げ出そうにも、いつの間にか珠実ちゃんに羽交い絞めにされそれも叶わなかった。
「私が約束ヲ果たシタら……珠実部員モちゃンと約束、果たシてもらいマスよ」
 第6の人格に……??
 他の住人を見ない……??
 ってことはもしかして!?
「梢ちゃん以外は、もしかして朝美ちゃんたち!?」
「ご明察〜」
 呑気な声がかえってくる。
 部長さんの手が、白く輝き始めていた。
「変身、デスよ」
「いやだぁぁぁぁぁぁ!!!」

 この先がどうなったか、それは誰の知るところでもなかった。




 あとがき

 なんだかよく分からない話になってしまいました。正直「まほらば」はのほほんとしていて書きにくいです。僕としてはいろいろ動きをつけられる方が書きやすいものですから。今度書くときはもうちょっとましになっているといいなぁ。
 書き始め自体は、沙夜子さんの夢の話よりも前だったのですが、先を越されてしまって出す機会を逸してしまいました。まあ単に書くペースが遅くなったというだけというのが実情かもしれませんが。とにかく、次回がんばります。バラさんメインで書かないと、リクエストをまだ消化してないので。


2003.07.09

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