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流星ジョニー密室殺人事件 その1 | |||||
それは目覚めのよい朝で、何の変哲もないよく晴れた日曜日だった。 「しかし、忘れ物とは……」 小さなカバンを背負い、部屋を出る。 白鳥隆士の学校は日曜日は休みである。しかし、学校施設は日曜日にも使えるように開放されている。作品を仕上げたり、資料を調べたりするのに使われているのである。 銀先生に出された課題は調べ物も必要であった。もちろん、途中の課題を学校に忘れてしまったという要因の方が大きいが、隆士は日曜日にもかかわらず学校に行く羽目になってしまったのだ。 「おはようございます、白鳥さん」 「あ、梢ちゃん。おはよう」 玄関を出た隆士に声をかけたのが、隆士の住む鳴滝荘の大家、蒼葉梢であった。 梢は竹ぼうきを持って玄関の前をはいているところだった。 「白鳥さん、こんなに早くからお出かけですか?」 「うん、ちょっと学校に忘れ物があってね。そういう梢ちゃんも早いね」 「ええ」 ちょっと微笑んでから、梢はほうきをはく手を止めた。 「今日は日曜日ですから、空き部屋と物置きの掃除をしようと思いまして」 「それだったらお昼からなら手伝うよ。物置きの掃除なんて大変なんじゃ……」 倉庫には何回か行ったことがある。中身は分からないが大きなダンボール箱があったりしたことは覚えている。梢一人でそれをどけたりするのは重労働だろう。 しかし、梢は隆士の申し出を断った。 「いえ、ちょっと埃を払ったりするだけですからすぐ終わりますよ」 「そう、僕はお昼までには帰ってくるから、そのとき終わってなかったら手伝うよ」 「はい、ありがとうございます」 「朝からお盛んですねぇ」 「うわぁ!」 隆士の背後から突然の声。隆士は驚いて振り返ると、そこには笑っているように見える茶ノ畑珠実がいた。表面上は笑って見えても、心の奥でどう思っているのか分からないのが彼女だった。 「あれ、珠実ちゃん……学校?」 先述の通り、今日は日曜日である。梢と珠実の通う青華短大付属高校も休みである。しかし当の珠実は制服を着ていた。梢の率直な疑問に、珠実は少々溜め息交じりに答えた。 「ちょっと野暮用がありまして〜」 「そうなんだ、お昼までには帰ってくるの?」 「うーん、多分」 「今日は朝美ちゃんと一緒にお昼ご飯を作るつもりだから、帰ってこれるんだったら一緒に食べよう」 その言葉を聞き、珠実はぐっと握りこぶしを作った。 「大丈夫、意地でも帰ってくるです」 頭の中は、梢ちゃんの手料理です〜、でいっぱいの珠実だった。 「それで、白鳥さんもお昼に帰ってこられるんでしたらご一緒にいかがですか」 「うん、楽しみにしてるよ」 「はい、頑張って作りますね」 「で、野暮用ってなんなの?」 途中までいっしょに行くことにした珠実に、隆士は尋ねた。 「部活です〜」 口を尖らせ、不満げに言う。 「もしかしてあの人……?」 「他にいるわけないじゃないですかぁ」 珠実の所属するオカルト研究部の部長。マイペースで、大抵の人ならへこんでしまうような珠実の毒舌に対し喜んで受け入れてしまう……いわば珠実の天敵のような存在だった。 「しかも私が行かないなら梢ちゃんを呼ぶとかいうんです〜。梢ちゃんを部長の魔手に捕われるわけにはいかないですから」 忌々しげに地面を踏みつける。 むしろその珠実の性格を読んで梢を囮に使ったんじゃないか……何となくそんな想像をしてしまう隆士だったが口には出さなかった。争いの火種には巻き込まれない方がいい、特にこの二人の間には入りたくない。 そんな風に会話をしていると、行き先が別れる場所まで来た。 「ではそういうわけで〜」 「うん、それじゃあ」 ──11時20分か……。そろそろ帰らないと。 腕時計を見る。お昼に帰る 皇デザイン専門学校にやってきた隆士は、無事に忘れ物を確保することができた。そこで調べ物をしていると、銀先生がやってきた。 「あら白鳥君、熱心に課題をやっているみたいですわね♪」 「あ、先生。こんにちわ」 「提出日にはもちろん間に合いますわよね」 いきなりドアップで迫ってくる。隆士は少々引きながら答えた。 「ええ……もちろんです」 と答えておかなければいきなり折檻されてもおかしくはなかった。 「でも忘れ物ついでなんで、もうすぐ帰り──」 答えようとした瞬間だった。いきなり地面が揺れ始めたのだ。 「じ、地震!?」 かなり大きい。もとより座っていたがそれでもともすればバランスが取れなくなってしまいかねない。隆士はとにかく目の前の机に身を隠した。 ふと気が付くと目の前には銀先生の足があった。隠れていないのだ。 「先生、危ないですよ!」 そういうものの、目の前の銀先生は地震など起きていないかのように動かない。ちょっとして地震が止まると、隆士は机から頭を出した。 「あらあら、結構揺れましたわね」 などと言いながらまったく動じていない銀先生。 白鳥隆士、新たなる謎を目撃した瞬間だった。 その10分後、帰路の途中再び余震が起こったが、先ほどとは違ってそれほど大した揺れではなかった。 「実はそれほどでもなかったんだな……」 街頭のテレビで早速臨時ニュースとして流れていた。しかし今のところ被害のようなものも出ていないようだ。大きかったとはいえ、時間は短かったし普段地震になれていないだけに余計に大きく感じたのかもしれない。 「白鳥さん、奇遇ですね〜」 と、聞きなれた声がした。 「珠実ちゃんも今帰り?」 「やっと部長から開放されましたです〜」 やれやれと肩をすくめる珠実。隆士は苦笑を浮かべた。 「一体何をしてたの?」 知りたいような知りたくないようなそんな事柄ではあったが、とりあえず聞いてみることにした。 「部室の掃除です」 「掃除……」 そう言えば梢も掃除をすると言っていたことを思い出した。今ごろどこまで進んでいるのだろう。 「とにかく、梢ちゃんが手料理を作って待ってますから早く行くです〜」 珠実が急かすのにあわせて、歩調を速める隆士だった。 「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」 鳴滝荘に帰ってきた二人を出迎えたのは黒崎朝美だった。 「うん、ただいま」 「ただいまです〜」 挨拶を交わすと、朝美はにっこりと微笑んだ。 「ちょうど良かったね、お昼ご飯ができて今みんなの部屋を回ってるところだったんだよ」 「へー、朝美ちゃんも手伝ったの?」 そう隆士が尋ねると、朝美ははにかんだ。 「うん、ちょっとだけだけど」 「そう、楽しみにしてるよ」 「うん。それじゃあ私、灰原さんとお母さんを呼びにいくから」 そう言って朝美は歩いていった。鳴滝荘を入って左側が1から3号室で、珠実、隆士、桃乃恵という順で住んでいる。また右側は4から7号室で、4と7号室は空室で、5号室に黒崎沙夜子と朝美、6号室に灰原由起夫が住んでいる。 ということは朝美はすでに桃乃恵の部屋を回ってきたのだろう。 「じゃあ、僕たちも炊事場に行こうか」 隆士が炊事場につくと、おろおろしている朝美と、それをなだめている梢の姿があった。ちなみに沙夜子はそんな状態を相変わらずと言っていいのか傍観しており、恵は眠たそうに机に突っ伏していた。 「梢お姉ちゃん、私どうすればいいのかなぁ……」 「大丈夫だよ、きっとちょっと体調が悪いだけだから」 「あれ、どうしたの?」 隆士が尋ねると、朝美が振り返った。 「お兄ちゃん、呼びに行ったのに灰原さんが部屋から出てこないの」 「灰原さんが?」 今朝姿を見ていないし、帰ってきてからも見てはいなかった。だから由起夫が体調が悪いのかどうか判断することはできなかった。 「じゃあ僕が様子を見てくるから、先に食べててよ」 「白鳥さん、ちょっと待ってください」 炊事場を出ようとした隆士を呼び止めたのは梢だった。 「どうしたの?」 振り返る隆士。梢は済まなそうにうつむき加減だった。 「お昼前に私、ジョニーにお茶をこぼしてしまって、だから洗濯させてもらっていて……それで灰原さん出てこれないんじゃないかって思いまして」 ならそれ以外にあろうはずもなかった。 灰原由起夫は常に腹話術の人形のようなものをつけている。その名は流星ジョニー。ちなみにジョニーは自分が本体で由起夫は下僕だと言っているのだが。由起夫は、ジョニーを介してでしか会話することはなかった。故に、ジョニーがない今ではあまり人前にも出たくないのだろう。 「洗濯って、あとどれくらいかかるの?」 「もうすぐ終わると思いますよ、後は干すか……急ぐならアイロンをかけたほうがいいかもしれませんね」 どうせならみんな一緒に食べた方がいいだろう。せっかく用意してくれたのに、由起夫だけ部屋に運んで食べてもらうのもしのびない。 「うーん、じゃあ強引だけどアイロンをかけた方がいいかな」 「そうですね」 梢は炊事場から繋がっている裏庭への扉に向かった。裏庭には洗濯機や物干し台が置いてある。扉の向こうに梢が消え、しばらくしてさっきよりも沈んだ表情をした梢が帰ってきた。 「あれ、どうしたの?」 その手には何も持っていなかった。 「あの、確かに洗濯したはずなんですけど……」 「なかったの?」 「……ええ」 その言葉を聞き、今までけだるそうにしていた恵が顔をあげた。 「よく探した?」 「探しました」 「うーん、じゃあ誰かに持っていかれたってことかしらね」 小難しそうな顔をする恵。 「誰かって……」 そんなことをする人間がはたしているだろうか、隆士はちょっと考えてみたが思い当たらなかった。 「あたしは今までずっと寝てたから何がどうなってるのか分からないけどね」 だからけだるそうにしていたのかと隆士は考えていたが、とりあえず今はそれは置いておくことにした。当面の問題はジョニーがどこに行ってしまったかだ。少なくとも由起夫が持っていることはないと思われるが。 「何の騒ぎですか〜」 と、遅れてやってきた珠実が炊事場に入ってきた。 とにかくおなかが減っては戦はできないので、仕方なく由起夫抜きで昼食を食べることにした。 「それで梢ちゃんは、お茶をジョニーにかけた後どうしたの?」 それは11時くらいの話。 昼食の準備をしていた梢は炊事場にいて、そこに由起夫がお茶を飲みにやってきたのだ。お茶を汲んで注ごうとしたとき、誤ってジョニーにかけてしまったのだ。梢は慌ててジョニーを取った、火傷をしてしまっては困るし、早くしないとジョニーにお茶の色が染み付いてしまうだろう。ジョニーを失った由起夫は何もできないまま、とりあえず手を水で冷やし、しばらくすると炊事場を出て行った。それから由起夫がどうしていたのか梢は知らない。 「それでね、地震があったでしょ。私心配になってお姉ちゃんの様子を見に行ったの。ちょうど内職も一段落ついてお手伝いに行こうと思ってたころだったから」 地震が起こった後、朝美が炊事場に入った。大したことは起こっておらず、そのまま朝美はご飯の手伝いをしたらしい。それ以降朝美と梢は、朝美がご飯であることを告げに行くまで一緒にいたということだ。それが梢と朝美が話した隆士たちが帰ってくるまでの経緯である。 お昼ご飯は目の前に広がっている。オムライスとミックスジュース。ジュースの方は、色々な果物を混ぜて作った自家製らしい。 「どこかに置き忘れたとか、風に飛ばされたとかじゃないの?」 恵がにゃははと笑いながら言うが、梢の表情は冴えなかった。 「私は11時くらいから炊事場と裏庭に行ったくらいで、どこかに置いたなら探し出せるはずです。風で飛ばされるほど軽いものでもないですし……」 「誰かが持って行ったような素振りとか、外から人が入ってきた感じはなかったの?」 隆士の質問に、梢は首を横に振る。 「私の知る限りでは……」 「まぁまぁ、とりあえずご飯を食べてからみんなで探すです〜」 落ち込む梢をフォローするように、珠実はそう提案した。 ペアで捜索することになったのは、隆士のかすかな不安からだった。外部の人間が持って行ったとは考えにくい。とすれば内部の人間が意図的に隠したという可能性も否定できない。そんなことをする人がいるとは信じたくないが、やむをえない事情というものがあったのかもしれない。 それを口にする事はできなかったので、やや不安の残るペアになってしまったのも仕方なかった。自然と組まれるペアというのはやはり親しい間になってしまって、かばいあう可能性も出てくるからだ。そこまで考えるのは用心のし過ぎなのだろうか? 梢と隆士のペア、恵と珠実のペア、黒崎親子ペアに分かれて鳴滝荘を捜し歩くことになった。 梢と隆士のペアは、梢が11時以降行動した範囲内で捜索することにした。恵と珠実のペアは中庭をあたり、黒崎親子は裏庭、横庭をあたることになった。 「さっきも言った通り、お茶をかけてしまった11時にその場で水洗いだけはしたんです。そのあと料理の準備をして、ジョニーを洗濯機に入れたんです。お昼ご飯を食べ始める頃には洗濯が終わるように」 二人は裏庭の洗濯場にやってきた。周りを一通り見回してみるが、ジョニーが落ちて見えなくなってしまうような物影もなかった。洗濯機のあたりや下を覗いてみるが、そこにもやはりなかった。洗濯機は隆士も使っている。だいたい40分くらいで終わるものだ。 「ここにはないかな……」 裏庭の捜索を切り上げ、炊事場に入った。しかしここでもめぼしい収穫はなかった。 「白鳥クン、見つかった?」 そこに、恵と珠実のペアが入ってきた。 「いえ……そっちも見つからなかったんですか?」 「まあね………池の底にあったりしたらどうしようもないわねーって珠ちゃんと話してたところよ」 「うーん」 あとは黒崎親子が帰ってくるのを待つしかないのか、隆士は考えを巡らせた。 「あとはそれぞれの部屋を回ってみるとか……」 「白鳥さんはみんなを疑っているんですか〜?」 きつい目で珠実が睨んできた。 「い、いや。探せる場所は全部探さないとって思っただけだよ」 慌てて弁明する。疑いたくないというのは正直な気持ちだ。ただ、何かの拍子に部屋に転がり込んだということも……わずかに考えられる。わずかにすぎないのだろうけれど。 炊事場の扉が開く音がした。 「沙夜ちゃん、どうだった?」 入ってきた沙夜子と朝美に恵は尋ねるが、沙夜子は黙って首を横に振った。 「何もなかったよ……」 落ち込んだ顔で朝美も答えた。 「じゃあ、あんまり気は進まないけど……みんなの部屋を見て回ろうか」 「お部屋って……全部?」 朝美が尋ねた。かすかに表情が硬いのは自分の部屋を見られたくないからだろうか。 「まあ、そのつもりだけど……」 隆士は可能性のある場所は探すつもりだった。 「部屋なんかにあるはずないですよ〜。もっと別の場所を探した方がいいです」 珠実も朝美に加勢する。梢はおろおろと見守っていたが、恵は面白そうに提案してくる。 「まあまあ、どうせあるはずないんだから探させてあげましょうよ。なんか推理もののノリって感じでいいんじゃない?」 実にいい加減な提案だった。 「そんな誰か犯人みたいな言い方、不謹慎です〜」 「別に誰かの部屋で見つかったって怒こりゃしないわよ、ねぇ白鳥クン」 「え、まあ……見つかれば別に」 突然話をふられた隆士は戸惑いながらもそう答えた。 「だそうよ?」 勝ち誇ったかのように胸を張る恵に、珠実は反論をあきらめた。 「まあ、そういうことにしておくです」 その時、まだ朝美は何か言いたそうにしていたが、それが口をついて出ることはなかった。 炊事場に一番近いのは誰も住んでいない4号室だった。 というわけで隆士たち6人は4号室の前までやってきた。 「ここは普段扉は開いてないんだよね?」 「ええ、でも今日は中を掃除しましたから……でもそれは10時くらいで」 ジョニーがなくなったこととは関係のなさそうな部屋。隆士は扉のノブに手をかけたが、扉は開かなかった。 「閉まってる、か」 「ええ、掃除が終わった後ちゃんと戸締りしましたから」 「じゃあ、ここはいいんじゃない?」 恵の言う通りだと隆士は思う。しかし、朝美や珠実はもともと部屋を回るのは乗り気ではなく、半ば無理やり協力してもらっている。だからこそ、可能性のない部屋でも見ておかなければ、なんとなく申し訳ないような気がした。 「念のために入ってみましょう……」 「そうですね」 梢がポケットから鍵の束を取り出した。マスターキーなのだろう。鍵穴にさしてくるっと回すと鍵は外れた。 「どうぞ」 梢が扉を引く。そこから見える室内に特に異常あるとは思えなかった。隆士が引っ越してきたときと同じように、何もない部屋だった。 「中に入ってみますか?」 「あ、うん。一応ね」 とりあえず靴を脱いで畳の部屋に入った。6畳一間の部屋には何もないかのように思えた。 「……あ」 キョロキョロと部屋を見渡した瞬間、隆士は見つけてしまった。 部屋の片隅に打ち捨てられた、あまりにもバラバラに切り刻まれたジョニーの残骸を。 「事件をもう一度おさらいしましょうか」 俄然やる気を出した恵。対する隆士は多少の後悔でそれに頷いた。今は隆士の部屋に恵がやってきている。ぼろぼろのジョニーが発見されてから、梢は自分の責任だと言って涙ぐんでしまった。それを今珠実が慰めている途中である。捜索隊は解散し、黒崎親子は再び内職に戻った。隆士は由起夫に、ぼろぼろになったジョニーを届けた。由起夫はそれを受け取ったきりやはり部屋から出てこなかった。いまごろ布団に入って泣いているのかもしれない。 というわけで、事の真相を探るべく、桃乃恵は立ち上がった。それに当然のように巻き込まれる隆士だった。まあもともと探そうとしたのは自分だし、自分でまいた種なんだと自分を納得させた。 「ジョニーがバラさんの手から離れたのが梢ちゃんの証言により11時。そのあと洗濯機にジョニーが投入されるも、その後行方不明。懸命の捜索の結果、1時すぎに空き部屋の4号室よりバラバラになったジョニーを発見した」 「そうですね……」 発見された場所は密室だった。それは隆士自身が確認している。発見する直前、扉には鍵がかかっていた。そしてその後窓を調べたが、そこも鍵がかかっていた。何かトリックを使って密室を作ったような形跡は見られなかった。 「それでよくあるパターン、部屋を空けてから鍵を部屋の中に置いて密室だったように見せかけるって手も使えないわね」 仮に鍵がジョニーに変わったとしても同じことだ。恵は一番後ろにいたが、だれかが部屋が空いた後にジョニーを入れたのを見ていない。だいたい隠し持つ場所がないだろう。ポケットに入れていたとしても結構かさばるし、ポケットからジョニーを出す動作を誰かに見咎められないとは限らない。むしろ見られる可能性の方が高い。ならやはり、ジョニーは初めから密室に放置されていたことになる。 「鍵は梢ちゃんが持ってるんですよね……」 「4号室は、梢ちゃん以外は開けられないはずよ」 例えば2号室は隆士の部屋である。2号室の鍵を持っているのはしたがって、部屋の住人の隆士と管理人の梢である。空室の4号室においては梢以外は鍵を持ちえない。そして、ジョニーが消える前の10時には掃除は終わっており、梢の手によって鍵はかけられている。仮にここで鍵をかけ忘れていたとしたら、その後誰が鍵をかけたのだろう。住人に渡すための鍵は、通帳などが入っている金庫に保管されているという。4号室の鍵は、そこに昔住んでいた誰かが合鍵を作って持っていない限り、やはり梢しか持ちえない。しかし、わざわざ外部の人間がジョニーを隠すためだけに密室を作り上げたとは考えにくい。だいたい、誰かに見られる可能性は高い。誰もそんな人間を見てないのだから、内部の犯行として考えていくしかない。 では犯人は梢かと言われると、それも考えにくい。 「でも犯人は梢ちゃんじゃない、だわね」 「……そうですね」 理由はある。 密室が崩れる。そもそも密室の前提は、梢が誰にも鍵を渡していないという証言の元に成り立っている。梢自身が鍵を使って密室を作っても、それは密室とは呼べない。逆に密室を作ったことで、梢が犯人だと疑われてしまう。リスクの割にはリターンのない行動だ。そんな行動はとらないだろう。 その裏をついて、梢が行動を起こしたとしても、それで誰かに疑いがいくわけではない。やはり意味のない行動だ。そもそも、梢には管理人室の金庫という絶対の隠し場所がある。いちいち4号室に放り込んでおく意味などない。 「でもそうすると誰がやったんだろう……」 梢の証言が正しいのなら、4号室は10時から1時まで誰にも開けられない……密室となる。 「梢ちゃんが犯人じゃなくても、偽の証言をしているって可能性もありだわよ」 「何のために?」 「梢ちゃんが誰かをかばっているって可能性よ」 人差し指を立ててにやりと微笑む恵。隆士は言わんとしていることが分からず首をかしげた。 「誰を?」 「真犯人に決まってるじゃない」 「……その真犯人は?」 「それをこれから探すんじゃない」 真顔で返答された隆士はがっくりと肩を落とした。 「だいたい、たかだか1時間程度でジョニーに何があったんでしょうね?」 密室も謎だが、それと同じくらいに謎に包まれているのが動機である。ジョニー……あるいは由起夫か……に恨みを持っているような人物が内部にいるとは思えない。 12時以降は由起夫以外は全員炊事場にいたし、その後は2人組を組んで行動していた。単独行動だとしたら12時以前にジョニーをバラバラにし、その後密室を作り上げなければならない。梢の協力なしにはできないことなのかもしれない。 「まあ、とりあえず動機は置いておきましょうよ。あんたが犯人だって言えば、大抵身の上話をして泣き崩れるのが定番でしょ」 「いや、まあ……そうかもしれませんが」 こうもきっぱり言われると何も言えなくなってしまう。 「とにかく、梢ちゃんの協力なしにはこの密室殺人は不可能だわ」 鍵がなければ密室以前に部屋を開けられない。仮に空いていたとしても、閉めることができなければ密室にならない。どちらにしろ鍵は必要不可欠である。ならば、梢と協力したのは誰なのか……。 「梢ちゃんは誰かに鍵を渡したのよ。けど、渡してないって言えばそれで密室は成立しちゃう」 「時間的にそれができそうなのは、朝美ちゃんかな……」 地震があった後、いっしょに料理をしたと言っている。その時間、まだ恵は寝ていたし、沙夜子は部屋で地震に怯えてガタガタ震えていたらしい。梢が恵や沙夜子をかばっているなら、朝美は邪魔になる。朝美をかばっているのならかばいやすいが、共犯説をとるのもまた簡単になる。 「でも、誰かをかばうにしても4号室に密室を作るのは変ですよ」 梢犯人説を否定した時点で、梢共犯説も否定される。梢には管理人室の金庫があるのだ。炊事場には透明でないビニール袋もある。それに入れて炊事場から管理人室に持ち運んでも怪しまれることはないだろう。 しかし梢が協力者ですらないとすると、ますます密室は開かない。 「もっと根本から見直した方がいいんじゃないですか?」 「そうは言われてもねぇ」 部屋を空けた後のトリックは無理だろう。そもそも、珠実や朝美は部屋を探すことに反対していたのだ。密室だった場所にジョニーを置くということを計画していたならむしろ部屋探しに賛成するだろう。おおっぴらに言えば怪しまれるから、それとなく。 「4号室に密室を作らなければならなかった理由さえ分かれば、犯人もわかると思うんです」 「それなら2通りしかないわよ」 自信満々に言う恵に多大に不安を覚える隆士。しかし、聞かないよりましだと思って、話を促した。 「セオリーから考えると、どうしても見つけてほしいからか、どうしても見つけてほしくないからかのどちらかよ」 「どうしても見つけてほしくて……密室?」 「見つかんなきゃアリバイも何もないでしょ、あとは死体を派手に印象付けるためとか。でも今回は、アリバイというよりは見つけてほしくなかったんでしょうね」 隆士は考えてみた。どうしても見つけてほしくなかった場合、自分ならどこに隠すだろうと。少なくとも4号室に密室など作らないだろうとは思うけれど……。 「……じゃあ密室を作ったのは」 ある人物が隆士の中で犯人として思い浮かぶ。しかしそれはまだ、密室を作らざるをえなかった人物というだけで、動機も犯行の手順も分からなかった。(続く) なかがき 初めて推理もの(のようなもの)に挑戦です。というかまほらばSSを書くのも初めてなのに、初めてづくしで成功するものか、やや不安だったりします。 とりあえずその1だけでもかなり考えれば犯人が分かるんじゃないかなぁと思います。うまく伏線が張れていればいいんですけれど。少なくとも、4号室にジョニーを隠さざるをえなかった人物は限られてくると思いますので。 次回は捜査編です。必要な事柄は提示されると思いますので。やっぱり推理ものって難しいです。 なお、鳴滝荘をもっと視覚的に理解して事件を考えていきたい方には、「まほらばさ〜ち」内の、「鳴滝荘マニュアル 」をごらんいただくとよろしいかと思われます。 |
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